2010年8月8日日曜日

上坂冬子「原発を見に行こう―アジア八ヵ国の現場を訪ねて」

「少なくとも私には文章で読む限り、インド側に論議としての正当性があるように思えてならない。」

 原発の素人である著者が,専門家と共にアジア各国の現場を訪ねた記録である.
 著者は自分を素人だと思っている.本人は素人にしかできない質問をしていると意気込んでいるようだが,実際は誰もが思いつく浅い質問を並べているだけであり,差しさわりのない回答をされるとそれ以上踏み込めない.素人であることは誇らしいことではなく,知識がなければ同じものを見ても得られる情報は少ない.本人がやるのは自由だが,よくもこんなレベルのものを本にしようと思ったものだ.
 知識がないため,原発以外も記述して紙幅を埋めているような旅行記の部分もある.与えられたページ数すら埋められないらしい.
 いろいろなものに興味を持って記述しているのだが,「~であろうか。」という言葉が多すぎる.相手と話していても,相手の言葉に対して自分がどう感じたかばかりを書いていて,これはただ自分との対話をしているだけの日記である.いろいろ調べ上げていこうという気持ちを感じない.著者は現場に行くことを重要に思っているようだが,結局現場にいって見聞きするだけで満足しているだけだ.
 そしてもっともひどいのが,ワシントン・ポスト紙とインド原子力委員会の二つの文章を読んだ際の感想である.二つの主張を読み上げるだけで判断する.この後に事実関係を調べた形跡はまったくない.読んだ時点の感想を述べるのは構わない.しかし,両者とも自分に都合の悪いことは隠している可能性があるので,それを調べた上で再度判断すべきであろう.
 
 久しぶりにこんなにひどい本を読んだ.この著者の本は一生読まないだろう.

評価:☆
(1-5で基本は2)

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