2010年3月20日土曜日

WWView in Japan結果報告シンポジウム

WWView in Japan結果報告シンポジウム「気候変動問題を考える 市民の声は届くのか」に行った。
http://wwv-japan.net/news/100306_symposium.php
小林先生が、「壮大な社会実験に巻き込まれた。日本はこのような社会実験を提案する能力があるのか?」という言葉がぐさりと来た。WWViewは欧州で始まっているが、デンマークという小国が企画したものである。何故日本からこのような世界規模の企画ができないのか。我々の世代に突きつけられた課題。
議論内容はCOP15には反映されていなかったようだが、参加した市民は楽しかったし価値のあることだと言っていた。

2010年3月12日金曜日

三つの方程式

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大島氏は「鳩山首相は3月に結論を出し、5月に決着すると言った。移設先と沖縄県民、米国の了解を得る三つの方程式を解くのはかなり困難だ」と指摘。そのうえで、「それを作ってきたのは鳩山政権だ。だから、(解決)できなかったら、即刻退陣してもらおう」と述べた。
(2010年3月6日14時15分 読売新聞)
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この三つの方程式とは、未知数が三つと言っているのだろうか?だとすると、方程式の数はどのくらいだろうか?何本もの一次等式、一次不等式の中から最適な解を見つけるならば、それは線形計画問題を解くと言い、方程式を解くとは言わない。未知数が三つのときは、等式が最低でも三本ない限り一つの解には定まらない。
一体、大島理森は何を言いたいのだろうか?ORの専門家である鳩山首相へよくもこんな適当な言葉を言えたものだ。
数学を知らない人間が数学用語を使うとき、正しい使用法であることは滅多にない。

2010年3月1日月曜日

世界中を旅する

アンマンの安宿で世界中を旅しているという人に多く会った。日本で働いてお金を稼いで旅をしている。旅をするために仕事を辞めた人や、仕事を辞めたから旅をしている人がいた。
彼らは日本人宿(日本人がオーナーの宿のことをそのように総称するようだが、彼、彼女らの話からは日本人が多く集まる宿のことも日本人宿と呼ばれるようであった)に集まり、日本語で情報を集め、世界各地を旅行する。有名な場所を観光して楽しんでいるようだ。
世界中を見てみたいという欲求は私も持っている。世界はどのようになっているのか、知りたい。
でも、私は仕事を辞める気は一切ない。これは学生時代に行ったインドでの2ヶ月間の海外インターンが影響しているように思う。旅行をしたところで、所詮現地の人々の生活を見ているだけ。私は生活に触れたい。そのためには旅行ではなく、住みたい。住むためには、仕事をしなくてはいけない。海外に住むくらい仕事ができるには、今の仕事をそのまま頑張っているほうがよい。

2010年2月28日日曜日

職業:チェンジメーカー

勝間和代は「最近の私は職業を尋ねられると、「チェンジメーカーです」と答えることにして」いるそうだ。


しかし、日本経済新聞2010年2月26日夕刊2面の人事面には国土交通省社会資本整備審議会委員として「経済評論家・中央大学ビジネススクール客員教授勝間和代」と書いてある。朝日新聞2010年2月27日be9面でも「経済評論家・公認会計士」と書いてある。本人のプロフィールにもチェンジメーカーと書いていない。(日本経済新聞のプロフィールはここから取ったようである。)
一貫性がない人だな。

2010年2月27日土曜日

ドバイ

世界中のものは何でもある。
ドバイにしかないものは何がある?


看板はすべてアラビア語と英語の併記で、よほどローカルな店に入らない限り英語も通じる。タクシードライバーは全員メーターをきちんと使うので、ぼられることもない。
世界中の人が集まりやすい場所をつくったが、ドバイの文化はどこにあるのかわからなかった。野菜市場に行けば、すべて見たことがある野菜である。スーパーのお菓子ですら、外国製品である。
気になったのは、電化製品のパチものがないことだ。パチものをつくる工業力がないのだろう。工業のない国は砂上の楼閣、もしくは蜃気楼なのではないかと感じた。

2010年1月23日土曜日

聞いた言葉5

現場での技術革新はすごい。

―鉄鋼業

2010年1月22日金曜日

吉岡斉「原子力の社会史」

「原子力という言葉は少なくとも日本では、もっぱら民事利用分野をさつものと理解されることが多いのである。それは核エネルギー技術の本質的なデュアリティー(軍民両用性)の理解を鈍らせる結果をもたらす恐れがある。」

日本の原子力の歩みを、1939年の戦時中から最近(発行年は1999年)まで丁寧に丁寧に追っている本である。アクターは主に官と電力業界であり、メーカーの動きはあまり追っていない。それでも分量は足りないくらいである。
筆者は原子力に関しては、非常に否定的な立場にいる。最初に宣言しているので、読むほうとしてはわかりやすい。
日本政府は実はあまり関与しておらず、むしろできておらず、経済産業省と科学技術庁がいかに縄張り争いをし、電力業界が当初は言いなりだったが、徐々に経済的な理由から独立していく様子が描かれている。
最後には何故脱原子力なのかを説明している。

今度原子力関係のイベントに行くと同僚に行ったら、この本を貸してくれた。二回読んだ。

評価:☆☆☆
(1-5で基本は2)