学生時代所属していたNPOの集まりに行った。
テーマは貧困や開発問題だった。しかし、まわりの人と話していると、誰もがそれに興味のあるというわけでもなく、地域の知を結集して社会を良くしたい、教育から社会を変えたい、ということを話している人もいた。
自分が何に興味があるのかを考えてみた。私も社会をよくしたいという気持ちはあり、その手法として科学技術を選んでいた。
最近、科学技術は誰のものなのかということを考えている。国立大学法人の運営は税金で行われているから、そこでの研究成果は市民全体のものであるという考え方がある。しかし、この論理では海外の大学の成果を用いることはタダ乗りである。また、研究成果を雑誌に載せて発表した場合、その雑誌を買えない人は情報にアクセスできない。これは出版社が編集というプロセスを経て質の担保および箔付けを行っていることに対しお金を払っているという考え方ができる。情報にお金を払うべきというのは以下のル・モンド社の記事を読むと非常に納得がいく。
http://www.diplo.jp/articles07/0701.html
特許は科学技術の進歩にどれだけ発展するのか?道をつくったことは非常に重大な仕事である。その道を通るのに、どれだけの通行料を取るべきか?誰でも通れるようにした方が発展するのか、それとも金銭的インセンティブを与える方ががんばるのか?数学界では成果やアルゴリズムに対し特許をとってはいけないという風潮がある。
情報の共有が企業間の争いのために進まないことがある。病院の電子カルテ作成事業に数社が入っているが、そのデータベースの形式はまちまちなので突合せが出来ない。病院を移動したとき、カルテが簡単に移動してくれるのが望ましいが、うまくいっていない。(同席したNTTデータに「会社の利益と人の命のどっちが大事なんだ?」と文句を言っておいたが、「そんなことを言われても」というしごくまっとうな返答をされた。)
世の為人の為、そんな技術を開発したいと思う。
2009年3月20日金曜日
2009年3月15日日曜日
2009年2月7日土曜日
中国経済事情
同期の中国人が上海の近くにマンションを持っている。2年後にモノレールが開通したら、値上がりするはずだからその後売るそうだ。
日本人の同期と共に、そんなことはない、表に出ていない情報がないならこれから上がることはない、だから早く売った方がいい、と主張した。
「いやいや、もっと上がる」と中国人は譲らない。
一回バブルを経験しないと意味がわからないのかな。
日本人の同期と共に、そんなことはない、表に出ていない情報がないならこれから上がることはない、だから早く売った方がいい、と主張した。
「いやいや、もっと上がる」と中国人は譲らない。
一回バブルを経験しないと意味がわからないのかな。
2009年2月1日日曜日
社会主義は可能か?
「一九二〇年に、ミーゼス(Ludwig Edler von Mises)が、このような経済計画(筆者注:さまざまな生産手段を、どのように使って、なにをどれだけ生産し、その果実をどのよに分配するかという計画)を合理的に作成するためには、何百万という方程式を解かなければならなくなって、実際に計算することは不可能であるということを主張した。」(宇沢弘文「経済学の考え方」P47)
数理工学出身の先輩に現在計算機でどれくらいの連立方程式が解けるのか質問した。多分、このような連立方程式は行列でかいた場合は0である成分が多いはずだから擬似逆行列を使えば大きなものでも解けるのはないかとの答えだった。正則行列なら逆行列さえ求まれば解は簡単に求まるが、階数がそんなにきれいにいくとも思えない。
ミーゼスは方程式と述べているだけであり、それが線形なのか非線形なのかはわからない。ただ、初期の経済学では線形方程式を扱っているし、所詮人間が想像できるのは線形だから経済をモデル化する際には線形で行っていたとの予想は出来る。
科学の進歩により、昔予言されていたものが発見や証明されたことが多くある。さて、コンピュータの進歩により、社会主義は可能になったのだろうか?そして、コンピュータが進歩すれば、社会主義は可能になるのだろうか?経済学においては、ヒックスの「週」のように、瞬時に計算するという前提をおいたものもある。こんなことは不可能だからということで実際にはできないという結論になった考え方は、技術の進歩により復活するのだろうか?
追記:
線形計画法の人と話した。彼の話を聞くに、方程式ではなく、連立一次不等式を解くようだ。一般に、制約式は一次不等式で書けて、目的関数だけはどうなるのかわからないそう。ミーゼス以前が不等式か方程式かは調べきなかったが、彼以後のワルラスの一般均衡理論では需要関数や供給関数は一次同次式で与えられて、制約式は一次不等式である。無差別曲線を与える式は、「経済学の考え方」を読んでいるだけでは、不明である。ミーゼスは本当に不等式ではなく、方程式で考えていたかはわからない。
人は「合理的」に行動しないため、そこまで意識した経済学があるそうだが、人の心と行動は心理学ですら分からない部分が多い。それにより、初期値が変わり結果は大きく変わってしまうのは複雑系の議論から考えれば自然だ。
ものごとを精密にすればするほど正確に把握することの難しさもさることながら、大枠さえ当てはめることも難しくなってしまったようだ。
(経済学と社会の関係を自然科学の歩んだ道や、科学技術の進歩と絡めて眺めることに私は非常に関心があることに最近気付いたが、そのまとめは後日記す。)
数理工学出身の先輩に現在計算機でどれくらいの連立方程式が解けるのか質問した。多分、このような連立方程式は行列でかいた場合は0である成分が多いはずだから擬似逆行列を使えば大きなものでも解けるのはないかとの答えだった。正則行列なら逆行列さえ求まれば解は簡単に求まるが、階数がそんなにきれいにいくとも思えない。
ミーゼスは方程式と述べているだけであり、それが線形なのか非線形なのかはわからない。ただ、初期の経済学では線形方程式を扱っているし、所詮人間が想像できるのは線形だから経済をモデル化する際には線形で行っていたとの予想は出来る。
科学の進歩により、昔予言されていたものが発見や証明されたことが多くある。さて、コンピュータの進歩により、社会主義は可能になったのだろうか?そして、コンピュータが進歩すれば、社会主義は可能になるのだろうか?経済学においては、ヒックスの「週」のように、瞬時に計算するという前提をおいたものもある。こんなことは不可能だからということで実際にはできないという結論になった考え方は、技術の進歩により復活するのだろうか?
追記:
線形計画法の人と話した。彼の話を聞くに、方程式ではなく、連立一次不等式を解くようだ。一般に、制約式は一次不等式で書けて、目的関数だけはどうなるのかわからないそう。ミーゼス以前が不等式か方程式かは調べきなかったが、彼以後のワルラスの一般均衡理論では需要関数や供給関数は一次同次式で与えられて、制約式は一次不等式である。無差別曲線を与える式は、「経済学の考え方」を読んでいるだけでは、不明である。ミーゼスは本当に不等式ではなく、方程式で考えていたかはわからない。
人は「合理的」に行動しないため、そこまで意識した経済学があるそうだが、人の心と行動は心理学ですら分からない部分が多い。それにより、初期値が変わり結果は大きく変わってしまうのは複雑系の議論から考えれば自然だ。
ものごとを精密にすればするほど正確に把握することの難しさもさることながら、大枠さえ当てはめることも難しくなってしまったようだ。
(経済学と社会の関係を自然科学の歩んだ道や、科学技術の進歩と絡めて眺めることに私は非常に関心があることに最近気付いたが、そのまとめは後日記す。)
2009年1月26日月曜日
政治的トップの選び方
同僚のフランス人に「日本の首相は実力で選ばれるからいいね。大統領だと人気で選ばれるから。」と言われた。
「いえいえ、日本の首相は自民党の経営陣に言うことを聞きそうな人という観点で選ばれるから、実力で選ばれているわけではないのだよ。」と私は説明した。
自分で言っていて情けなくなった。
「いえいえ、日本の首相は自民党の経営陣に言うことを聞きそうな人という観点で選ばれるから、実力で選ばれているわけではないのだよ。」と私は説明した。
自分で言っていて情けなくなった。
2009年1月25日日曜日
派遣会社の責任
派遣切りが話題になっている。マスコミの報道では、派遣先の企業が雇用を打ち切ったということになっている。
しかし、派遣の打ち切りは派遣元と派遣先の同意が必要である。つまり、派遣元も契約打ち切りに同意している。このことについて報道しているようには思えない。
しかし、派遣の打ち切りは派遣元と派遣先の同意が必要である。つまり、派遣元も契約打ち切りに同意している。このことについて報道しているようには思えない。
2009年1月22日木曜日
2009年1月21日の新聞
オバマが
「就任した」と書いた新聞:朝日新聞、毎日新聞
「就任する」と書いた新聞:日経新聞、読売新聞、東京新聞
「就任」と書いた新聞:産経新聞
(いずれも東京最終版)
就任は20日正午(日本時間21日午前2時)である。降版協定では午前1時15分以降の事件は載せてはいけない。「就任した」と書いた朝日新聞、毎日新聞は一体どのような意図だったのだろうか?
新聞はネットやテレビに速報性が劣るというのは事実である。この事実を朝日、毎日は受け入れきれていない。
「就任した」と書いた新聞:朝日新聞、毎日新聞
「就任する」と書いた新聞:日経新聞、読売新聞、東京新聞
「就任」と書いた新聞:産経新聞
(いずれも東京最終版)
就任は20日正午(日本時間21日午前2時)である。降版協定では午前1時15分以降の事件は載せてはいけない。「就任した」と書いた朝日新聞、毎日新聞は一体どのような意図だったのだろうか?
新聞はネットやテレビに速報性が劣るというのは事実である。この事実を朝日、毎日は受け入れきれていない。
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